母の日

さいきん長文ブログを書いていないので、久しぶりに思出話などをします。

そこそこの年齢になった頃から母の日は毎年自主的に何かするようにしていた。
親を愛し感謝しなければならないと思っていたため。世間にはそういうのが溢れているから。
サイトを始めてから何度か母の日のイラストをアップしていたのを知っている方もいるかもしれない。
他にも毎年カーネーションやプレゼントをおくったりしていた。
母親の誕生日だって忘れずにケーキを用意した。
そんなことをしているのは私だけだった。当たり前だった。兄や弟はそんなことをする必要がない。なにもしなくとも当たり前に愛されていた。男だからだ。
私は愛すれば愛が返ってくると思っていた。そんなことはなかった。それはそうだ。
私は母親に媚びるためにいろんなことをしたが、そんなことは無駄。
愛しても愛が返ってくるわけではない。そんなことは当たり前のことだけど、私はそう思っていて、一人で勝手にいろんなことをして、勝手に疲れて、愛するのをやめた。
わかりきったことだった。
母親は何度も「真ん中の子はどうでもいい」と言葉にして私に聞こえるよう言っていた。どうでもいいやつを愛するわけがなかった。
私だけいつも女だからと差別された。他の兄弟ができることが私には許されず叱られたことがあったし、学費だって私だけないと言われた。そのくせ老後のあてにされていることは感じていたが、私はもうやめた。母親には関わらずに生きる。

高校生のときはもう正直無理をしていることに気付いていた。
実家を離れることばかり考えていた。
私を見下して支配しやすい都合の良い女だと思って告白してきた男と交際していた。
誰でもいいから付き合って結婚すれば実家を離れて新しい家族の中で生きられると思っていた。
けど、お互いに本当は好意がないし、私が頑なにセックスをさせなかったことなどが理由で別れることになった。
別れたとき、家から逃れられないんだと思うと嫌になって、どうしても帰りたくなく、その日は家出をしたと言って友達の家に泊まった。友達に家出の理由を訊かれて「日々の積み重ね」と答えた。
でも次の日には帰って、恋人と別れてつらかったから友達といたかったと嘘を吐いた。

家を出ることには成功し、一人暮らしを始めたが、家族から、母親から逃げられるわけではなかった。
一番追い詰められていたとき、母親には自宅の合鍵を握られており、自宅にいても心が休まらず、学校に行くリュックに食パンやお菓子など家にある食料を積めて、通帳を持って、しばらく自宅に帰らずに生活しようと思い、実際にカラオケで過ごしたことがあった。
しかしお金もなかったし、家に帰らずに生活するのは難しかった。
それで父親の暮らしていた宿舎に何日かいさせてもらった。
そこにいても母親が来るだろうとは思っていた。でも一人でいるよりずっとよかった。自宅に一人でいるときに母親が来たら、玄関すぐの台所の包丁を手に取り母親か私を殺すイメージがあった。人目があればそんなことはせずにいられると思った。
母親は来た。
朝、私が部屋で寝ていたら、チャイムの音がして目が覚めた。来たと思った。父親が出て、案の定母親の声がした。
しばらく寝たふりをした。
私は逃げようかと思った。父親と母親は奥の部屋に行ったので、走って飛び出せば逃げられると思った。それとも、窓から飛び降りようかと思った。6階だった。
でも、私はどうにかなると思ってしまった。会って話してみれば何か解り合える気がしてしまった。
けどどうにもならなかった。
泣きながら抱きしめられ、「ごめんね」と言ってきた。正確には「わかってあげられなくてごめんね」と言っていた気がするが、覚えていない。
今さら何を言ってるんだろうと思った。
そして私が努力して私の力で手に入れたものを、無に返された。
私はそのことが本当に絶対に許せないのだけど、他人にとってはとても馬鹿馬鹿しいことだと思うので内容は誰にも話していない。
許せなくて、自分が何も手に入れられないことがつらくて、無力感でいっぱいになって、話すことも無駄だと思い私は結局一言も話さずずっと泣いていたら、しばらくして母親は諦めて帰った。
それから口をきいたのは、祖父が亡くなったときだけ。祖父の家で一人で留守番をしていたら電話が鳴ったので出たら母親だった。それ以外は話をしていない。

母親を嫌うと決めるのは少し覚悟がいることだった。母親を愛するのは常識だから。私は非常識で、母親を嫌っていることがばれたら世間では犯罪者のごとく扱われる。
当時の友達はよく親のありがたみについて話し、他の友達が親と折り合いが悪いことをよく思っていないと私は知っていた。だから友達も捨てた。

母親の存在は私にとってとても、何をしたって無駄であることを思い知らされて、無力感でいっぱいにさせられる。
生きていることが無駄だと思う。
そもそも産み育ててやったという恩、強いなと思う。それを前にすると何もかもが力を持たない。私が今生きて呼吸をして絵を描き漫画を描きこうして文章を書いてることも全て産み育ててやったから。そう思うとそもそも母親というものが苦手だと思う。私が自分の力で手に入れたものなど一つもない。何を努力したって無駄だ。
早く死にたい。
みんなそんな気持ちにならないのだろうか。私はとても苦しい。

因みに今でも合鍵は握られている。在宅時はチェーンをかけるようにしている。

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